疫病の流行の二週間後、パイユートの人々はまじない師の無能さについて協議するため集まりを持った。人々は悲嘆にくれ、部族の行く末を案じた。会議の結果、すべての集落から一人ずつ、昔からの刑罰が言い渡された。しかし教育を受けた者や生まれながらに秀でた者が若者たちの中にいて、古い習わしへの不信感を言いたてたので、処罰は判決後、頓挫したままになった。三本松のスリー・パインでは地区の学校教師が白人の有力者を連れてきて、なかなか納得しないインディアンを脅したりすかしたりした。ツナワイでは保守派の人々が、ジョンソン・サイズというパイユートの雄弁家として名高い、口のうまい調停者に説教してもらおうと、ネヴァダに使いを送りこんだ。どの町の人々も日常の関心事に心を向けるようになり、次の季節には問題は消え去った。

 ここマーヴェリックに関しては、学校もなく、雄弁家もいない、事態を和らげてくれるものが何もなかった。集落の三分の一は死に絶え、残りの人々がまじない師たちを殺してしまった。ウィニナップもそれを予期していた。何日か歩きまわり、ショショーニの人間にふさわしく死に向き合おうと、家族から少し離れたところに佇んだ。心のうちは迫りくるそのときの恐怖に身悶えしていたことは間違いない。ついに三人の男がやって来て、ウィニナップの焚き火のところにあいさつもなく座ったとき、その時が来たことを悟った。三人の男たちに少し背を向けて、膝の上に頬を乗せ、静かな面持ちでショショーニの土地の方を眺めた。女たちは小屋に入って、毛布を頭からかぶった。

 処刑をやめていたことで、インディアンの野蛮性は失われていたので、死刑執行人は務めを果たすために、酒を飲んだり、互いにけしかけ合って気を奮い立たせた。そしてついに、集落の務めとして、鋭い手斧が振り降ろされた。家族の女たちがウィニナップを埋めると、南から暖かな風が吹き渡り、疫病の威力は治まり、女たちもパイユートの知恵に黙従してやりすごした。その夏、人々は「三人の男」の名前以外のすべてをわたしに話してくれた。

 わたしたちは地上に自らの天国を作ったのだから、あの世でもきっとそれに手を貸すに違いない。わたしにはウィニナップの天国がどんな風かわかる。それが好きなら、訪ねて行って住んでみるのもよさそうだ。そこは黄金色の地平ひろがる、碧玉のうね模様が入ったヒアシンス石と玉随の砦に囲まれた場所、そしてそれは賛美歌が響く天国ではなく、どこまでも広がり、自由な風が吹き渡るショショーニの土地だろう。


もくじ