清潔感あふれる美しい肢体ながら、その見た目を裏切るのはハイイロホシガラスである。山の野営地の残飯荒らし、そして奪略者でもある。生態を表す通名「野営地のどろぼう」と呼んでも許されるに違いない。ゴミ漁りでは満足せず、肉袋をつついて開けたり、ジャガイモをまるごとくすねたりもし、このベーコン好きの美食家は、包装された箱にも穴をあけ、歯がたたない缶詰でもないかぎり怯むことなし。食料漁りの間、シマリスやスズメがテントの住人の足元からパン屑のおこぼれを持ち去ろうとするのさえ、うるさく追い払う。灰色の体に白黒の縞模様の羽、細いくちばし、木のとまり方から、この「どろぼう」をキツツキの仲間に入れないことを非難する向きもあるだろうが、実態はカラスそのものである。高地の松林地帯を飛びまわり、カケスのように甲高い声を立て、しっぽ振りのシマリスといっしょに野営地をきれいに清掃する。パン屑ひとつ、野菜の切りくず、卵の殻ひとつ、見落とすことはない。
野営するのが高地であったとしても、樹木限界線を超えることはないのだから、コヨーテ、ボブキャット、オオカミにとってキャンプ地が高すぎることはない。ありきたりのキャンパーは、森は野生動物が減って平穏すぎる、などと不平をもらす。でも野生動物の死体や、狩られたまま手のつけられていない獲物を、森で見かけることがあるだろうか。一晩、生肉を外に出しておいて、翌朝どんな足跡が残されているか見てみるといい。
人間というのは森をほっつき歩く大いなるうっかり者、クマを除けば、大きな音をたてて森を歩く動物など他にいない。あらかじめ警告を受けながら、隠れることをしないとしたら、それはとんでもない間抜けか、大胆不敵な動物だろう。熟練した狩人も、裏を返せば他の生き物から見られ追われる存在。そして獲物を少しでも残せば、それは誰かの糧となる。これこそが自然の経済循環、でも人間はこれにまったく気づかずに生きている。空き缶を食べる死肉喰いはいないし、森に醜い異物を残していく野生動物も存在しない。