サッカーワールドカップ南アフリカ大会の全試合を見てやろう、と思ったのは今年の4月頃だった。きっかけはテレビ放映の番組一覧を見て、地上波では一部の試合しか見ることができないと知ったことだった。放映されない試合に見たいカードがあったこともあるが、放映される試合と放映されない試合がどうやって選ばれているかに疑問をもったことも大きい。全64試合中44試合を、NHKと民放が分け合って、あるいは重複して(日本戦)放映権を取っていた。選ばれなかった20試合はなぜ選ばれなかったのか。その理由はわたしには謎だった。テキトー? そんな疑いも沸いてきた。

というわけで全試合放映するスカイパーフェクTVに一時的に加入し、受信用アンテナを購入した。たいした金額ではない。全部で1万円以内だったと思う。5月前半に準備を整え、W杯前の各国の国際親善試合も数多く視聴した。スカイパーフェクはスカチャンというW杯専門チャンネルをこの期間つくり、スカパー加入者は無料で視聴できることになっていた。「世界標準」をテーマに、全試合&現地制作のプログラム放映、日本のスタジオに専門家のコメンテーター招聘、毎日の生ニュース番組、生ハイライト番組制作、翌日の試合再放送などを行なっていた。実況の質、コメンテーターの多様さや専門性を含め、ほぼ及第点の番組構成と内容になっていたと思う。

64試合全部を見るということは、開幕以降1ヶ月、毎日平均2、3試合ずつ見ることなり、グループリーグ第3節の4日間は、1日4試合を消化した。1試合105分+前後のプログラム1、2時間で計200分とすると、4試合で800分=13時間余り。寝る時間と食事などの生活時間を除くほとんどの時間を費やしていたことになる。

こうまでして全部を見ることにこだわったのは、世の中で起きている進行中の出来事をまるごと、自分の目で捉えてみたいという欲求があったから。ワールドカップは人間が仕組んだイベントではあるが、セッティングをしただけで、何がどう起こるかは予測できない、「未知の事件」である。体験できるのはテレビのフレームの中のことだけ、カメラが捉えて発信してくるものだけ、という制限はもちろんあるが、その限界を知った上で、起きていることの全貌をしっかり見つめることは意味があると思った。現地にいる記者や実況の人は、移動の問題などで全試合をまるごと見ることは逆に不可能らしい。

スポーツをテレビで見ることは、メディアのあり方を体験することでもある。日本のスポーツとメディアの関係性には元々不満を持っていた。地上波民放のスポーツ中継や報道は一般にレベルが低く、不快なものも多かった。経済や人口は世界の中でもそれなりに豊かな日本なのに、スポーツのレベルが比例しない理由の一つは、メディアとスポーツの関係にあるとさえ思っていた。スポーツ中継のレベルが低くて、優秀なスポーツ選手が育つわけがないと思っていた。文学やアートの進歩に批評が欠かせないように、スポーツにも公平性のある、実像を照らした実況や報道が必要だ。ただし、それを受け入れられるだけの視聴者の土壌がなければ不可能だが。

今回ワールドカップを視聴するにあたって、日々見た試合のメモを付けることにした。試合の運びや印象に残ったことを2、300字で綴った覚え書きである。人間の記憶力というのは案外たよりないもので、1日3試合、4試合と見ると、観戦中に書いたメモなしには記録をつけることが難しかった。1試合1試合記録した覚え書きは、今通して読んでみると、案外貴重なものだった。試合経過、結果だけなら、インターネットや新聞で記者たちが書いたものを読むことはできるが、試合全体の印象やチームの持ち味、試合中のハプニングなど、テイストや空気感、細部の事象はそこにはない。

記録&印象記というのは、試合を見て書いた人の数だけ違ったものが生まれると思う。一つの試合について、その受け止め方が随分違うものだということも、今回気づかされた点である。ある試合をわくわくしたと言う人があると思えば、退屈だったと言う人がいる。それは見る側の期待(どのチームを応援しているかなど)から来るものだったり、サッカー観戦の経験や知識が関係していたりもする。ただ、自分の好きなチームの試合だけ見るのではなく、全部を公平に見ることをすれば、自然に全体を相対化して見る目が育ってくるのも事実。思い入れが強すぎない限り、自分の応援するチームの実力というものも、全体の中でわかってくるものだ。

全試合を見終わった今、そうやって見てみることに価値はあったかな、と思う。日々の試合の記録は、もともとは自分用のもので、公開を意識して書いたとは100%言えないが、書くときには語句の選び方などサッカー観戦初心者を意識もしていた。また日々の記録の中には書けなかったこと、後で考えたことなどを別途、「視点」としてトピックごとに書いてみた。本稿は試合観戦日誌と視点の二つの柱で構成されている。

まとまった1ヶ月という期間の中で、アフリカ、南米、北中米、アジア、ヨーロッパ、オセアニアの国々の側面をサッカーというスポーツを通して感じることができた。ものごとというのは、どのようにして起こるものなのか、スポーツの中で人間は何を実現しようとしているのか、そういうことを現在進行形で体験できて面白かった。

ドキュメント<2010年南アフリカの小宇宙> サッカーW杯全試合観戦記

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